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東京地方裁判所 昭和35年(ヨ)2110号 判決

申請人 斎藤響

被申請人 学校法人東洋大学

主文

本件申請を却下する。

申請費用は申請人の負担とする。

事実

第一、当事者双方の求める裁判

申請人は、「(一)申請人が被申請人に対し被申請人の設置する東洋大学文学部の専任教授たる地位を有することを仮に定める。(二)被申請人は申請人に対し昭和三三年一月以降本案判決の確定に至るまで、毎月二一日限り一ケ月金三一、五五〇円ずつの金員を仮に支払え。(三)申請費用は被申請人の負担とする。」との裁判を求め、被申請人訴訟代理人は、「(一)申請人の申請を却下する。(二)申請費用は申請人の負担とする。」との裁判を求めた。

第二、申請の理由

一、被申請人は、教育基本法に基づき東洋大学、東洋大学短期大学部及び東洋大学専門部を設置することを目的とする学校法人であり、申請人は右東洋大学文学部の専任教授であつたところ、被申請人は昭和三二年一一月二〇日の理事会の決定によるものとして申請人に辞職を要求し、更に同年一二月二三日申請人に対し解職の辞令を郵送して来た。

二、しかしながら右解職の意思表示は次の理由によつて無効である。

(一)  東洋大学規程(以下「規程」という。)は昭和三二年度の東洋大学学則(以下「学則」といい、特に断りのない場合は昭和三二年度のものを指す。)第四二条により、学則の一部をなすものであるが、規程第一一条は、「教授、助教授及び助手の任免は当該学部長が教授会の議を経て学長に禀議し、学長は理事会の承認を経てこれを行う。」と定め、又学則第四五条第四号は、教授会は当該学部の教員の任免及び昇任に関する事項を審議する旨定めている。

(二)  右の学則ないし規程の設けられた所以は、憲法及び教育基本法に規定する「学問の自由に由来する大学の自治の原理」に基づくものである。すなわち大学の教員の学問的研究活動の自由を貫徹するためその地位の保障を与え、任命権者又は外部勢力からの不当な圧迫干渉を排除し、大学の教員の地位の変動を大学の自治に委ねたものである。この趣旨に基づき東洋大学においても前記学則ないし規程により教員の進退について、理事会の専権を排し、教授会の審議を要するものと定められているのである。

(三)  従つて前記学則ないし規程は、教員の任免等の人事に関するあらゆる場合に適用され、しかも教授会の審議を要するとは、審理及び議決を要するものと解しなければならない。

(四)  ところが申請人の解職にあたり、申請人の所属する東洋大学文学部の教授会の議決を経た事実はないから、その手続において前記学則ないしは規程に違反し、その違反は究極的には学問の自由に対する侵害になるのであるから、本件解職の意思表示は無効である。

三、かくして申請人は、本件解職の意思表示を受けた後も依然として東洋大学の専任教授たる地位を有する。

ところで本件解職当時申請人は、被申請人から俸給として月額本俸金三〇、八〇〇円、家族手当金七五〇円の支払を受けており、その支払期日は毎月二一日であつた。被申請人は本件解職の意思表示以後、申請人の文学部研究室への入室及び講義を拒否しているので、申請人は被申請人に対する俸給請求権を失わない。

四、現在東洋大学においては、一部理事の専断により、教授会の権限を無視し理事会の方針に批判的な多数の教授を罷免するなど、大学の自治の原理が完全に踏みにじられており、これはひとり東洋大学の教員、学生に関する問題ではなく、私立大学全体に重大な影響を与える問題である。

本件解職の意思表示以後被申請人が申請人の東洋大学専任教授たる地位を否認しているところから、申請人は文学部教授会の構成員としてその機能を正常化すること、及び被申請人の評議員として(申請人は昭和三〇年四月、当時の寄附行為等の定めにのつとり評議員に選任され、昭和三四年三月にその任期が満了したが、後任者が未だ適法に選任されていないから現在でも評議員の地位にあるものである。)の職務を行うことができない状態にあるのみならず、私立学校教職員共済組合の組合員たる資格を喪失するに至つた。又申請人は、本件解職以後被申請人から俸給の支払を受けられなくなつたことにより、確実な収入の途を失い、生活に困窮する状態に陥つた。

申請人は、昭和三三年四月二四日当裁判所に被申請人を被告として、専任教授たる地位の確認及び俸給の支払を求める本案訴訟(当庁昭和三三年(ワ)第三一〇〇号事件)を提起し現在係属中であるが、その判決の確定を待つていては回復し難い損害を蒙るおそれがある。

第三、申請の理由に対する答弁及び本件解職の手続に関する被申請人の主張

一、申請の理由第一項記載の事実は認める。同第二項の事実中、規程第一一条及び学則第四五条に申請人主張のような定めのあることは認めるが、その余の事実は否認し、申請人の学則等の解釈を争う。同第三項の事実中、本件解職の当時申請人の俸給月額が、本俸金三〇、八〇〇円、家族手当金七五〇円合計金三一、五五〇円であり、その支払期日が毎月二一日であつたこと、解職の意思表示以後被申請人が申請人の研究室への入室及び講義を拒否していることは認める。同第四項の事実中、申請人が昭和三〇年四月被申請人の評議員に選任されたことは認めるが、その余の事実は否認する。

二、(一) 昭和三一年度の学則第四一条には、職員の任免及び職務規則は大学規程による旨の定めがあつたが、昭和三二年四月一日の学則改正の結果右第四一条は廃止され、新たに第四二条として「職員の任免及び職務は別にこれを定める」という規定が置かれた。従つて規定は右学則の改正により、昭和三二年度の学則の下ではその効力を失つたものである。

(二) しかして昭和三二年四月一日以降における教員の任免については、学則第四五条第四号の規定に基づき教授会の審議を経るわけであるが、人事に関する最高決議機関は理事会であり(私立学校第三六条)、教授会は理事会の諮問機関にすぎない。従つて被申請人は教員の任免に関し教授会の議決を経なければこれをなし得ない筋合のものではなく、教授会の審議、すなわち教授会の諮問を求める手続を践めば、理事会の決議によつて教員を任免することができるのである。

(三) その点はしばらく措くとしても、申請人に対する本件解職の意思表示は、昭和三二年一二月二一日午前一一時に開催された東洋大学文学部教授会の議決を経て行われたものであるから、たとい申請人主張のように教員の任免について教授会の議決を要すると解しても、その点について何らの瑕疵はない。

第四、本件解職の手続に関する被申請人の主張に対する申請人の反駁

本件解職の手続に属する被申請人の主張に対して、申請人は次のとおり反駁する。

一、被申請人は、昭和三二年度の学則の改正によつて規程が効力を失つた旨主張する。なるほど、学則は年々変化する教科課程、授業日数、収容人員、授業料などの主として教務に関する事項を包含しているので、毎年四月一日を期して改訂され、昭和三一年度の学則が改正され、昭和三二年度の学則では被申請人の主張のように定められていることは事実である。ところが、昭和二八年六月二〇日に制定された規定は、その後変更されることなく行われて来たのであり、昭和三二年四月以降においても規程の改廃が問題となつたことは一度もないし(規程の改廃は全教員の身分に重大な影響を及ぼすものであるから全学部の教授会及び理事会の決議を要するものと解すべきである。)、規程以外に職員の任免及び職務について定めたものはない。以上によつて、昭和三一年度の学則第四一条のように規程による旨を明示していないが、昭和三二年度の学則第四二条にいわゆる別に定めるものとは、すなわち規程をさすことは明白であるから、両者の規定するところは全く同一であつて、昭和三二年四月一日以降も規程は従前どおりの効力を有する。

二、次に被申請人は、教員の任免に関する教授会の地位を理事会の諮問機関にすぎない旨主張するが、このように解すると前述のように大学の教員の身分を保障し、任命権者又は外部勢力による圧迫干渉を排除することによつて学問の自由を保障しようとしたことが、全く有名無実化することは多言を要しない。学則第四五条及び規程第一一条がこのような解釈を許さないものであることは、事務職員等の任免に関する規程第二一条との対比からみても明白である。

三、昭和三二年一二月二一日に東洋大学文学部教授会が開催されたことは認めるが、右教授会において申請人の解職が議決されたことはなく、逆に否決されているのである。(なお、被申請人は、当時経営上の見地から申請人などを教授会の議を経ることなく免職した旨公表したことがある。)。

第五、疎明資料〈省略〉

理由

一、申請人が被申請人に対し、その主張のような本案請求権を有するか否かの点はしばらく措き、申請人に本件仮処分の必要性が存するか否かの点を検討することにする。

まず、申請の趣旨第二項のような仮処分の必要性の有無を考えてみる。申請人本人尋問の結果によると、申請人は現在明治大学に兼任教授として勤務しており、同大学からの賃金のほかに、著書の印税やいわゆるアルバイトによる臨時の収入を得て、現在まで特に借財などをすることなく、その生計を維持して来たことが認められる。右の事実からみれば、仮処分によつて申請人に対する賃金の仮払いを命じなければ、申請人が著しい損害を被るおそれがあるものとは、考えられない。

次に、申請の趣旨第一項のような仮処分の必要性の有無を考えてみる。申請人は、被申請人によつてその設置する東洋大学文学部専任教授たる地位を否認されているところから、同学部教授会の構成員の一員としてその機能を正常化するため活動することができないでいること、被申請人の評議員としての職務を行うことができないでいること、及び私立学校教職員共済組合の組合員たる地位を享有できないでいることを理由に、申請の趣旨第一項のような仮処分の必要性が存在する旨主張する。しかしながら、申請人が被申請人からその設置する東洋大学文学部の専任教授たる地位を否認され、従つて申請人が同大学文学部教授会の構成員としてその機能を全うさせることができず、また被申請人の評議員としての職務を行うことができないとしても、そのことは、東洋大学文学部教授会や被申請人の評議員の構成及び機能に関して被申請人になんらかの影響が生ずることはあつても、申請人自身に対して著しい損害を及ぼすなど、右趣旨の仮処分を必要とする理由とはならない。なお申請人が私立学校教職員共済組合の組合員たる地位を享有することができないでいるとしても、そのことによつては、申請人が共済組合から給付その他の経済的救済を受けることができないというにとどまるから、右趣旨の仮処分を必要とするほどに、申請人が著しい損害を被るおそれがあるものと認めることができないことも、すでに申請の趣旨第二項について述べたところによつて明らかである。

その他本件仮処分の必要性の存在を肯定すべき事実を認めるに足りる疎明はない。

二、以上要するに、申請人の本件仮処分申請は、その必要性の存在については疎明がないことに帰するのみならず、保証を立てさせることによつて本件のような仮処分を命ずることも相当でないと考えるので、これを却下することにし、申請費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 吉田豊 駒田駿太郎 北川弘治)

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